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数多あるシャンパーニュ・メゾンの中で、ひときわ異彩を放つのがランスのクリュッグ。一杯のグランド・キュヴェが織り成すドラマは、いつも興奮の連続です。そのクリュッグ家6代目オリヴィエ・クリュッグは、私とひとつ違いの66年生まれ。お互い、もういいおじさんになりました。

クリュッグ家6代目のオリヴィエ・クリュッグ。

クリュッグ家6代目のオリヴィエ・クリュッグ。

<クリュッグの家訓>

彼は家業を継ぐにあたり、父のアンリから「新たな市場を開拓して来い」と海外での修業を命じられ、自分で選んだ行き先がここ日本。89年から2年間、当時の輸入元・レミー・ジャポンで働き、クリュッグの知名度向上に奔走したのです。当時日本では、シャンパーニュのプレステージ・キュヴェといえばドン・ペリニヨンの独壇場。それが今では日本はクリュッグにとってナンバーワンの市場ですから、彼の果たした役割はとても大きかったといえます。ちなみにオリヴィエは日本滞在中、人気の猿の縫いぐるみに似ていることから「モンチッチ」と呼ばれていました。

クリュッグは1843年、ドイツ出身のヨハン・ヨーゼフことジョゼフ・クリュッグによって創設されたメゾンです。その初代ジョゼフの手帳が数年前、偶然見つかりました。この手帳にはジョゼフが幼い息子、ポールに宛てたメッセージが記されています。「時には妥協したくなる時もあるだろう。しかし、妥協をすればメゾンの名声はたちまちのうちに地に落ちると心得よ」……。「品質が同一のふたつのシャンパーニュを造るべし。キュヴェNo.1は毎年変わらぬもの、キュヴェNo.2はその年の特徴が引き出されたもの」

このキュヴェNo.1が、今日、クリュッグの屋台骨を支えているグランド・キュヴェであることはいうまでもありません。(キュヴェNo.2はもちろんヴィンテージのことです)さまざまなクリュやヴィンテージの原酒=ベースワインをアッサンブラージュしたグランド・キュヴェこそ、クリュッグの技術の粋を集めた最高傑作と言ってよいでしょう。

 

<グランド・キュヴェのアッサンブラージュ=ブレンド>

クリュッグでは毎年、各国からジャーナリストを招き、グランド・キュヴェのアッサンブラージュを模擬体験する「クリュッグ・セレブレーション・ウィーク」を開催しています。私にとって、今年は4度目にして最後の参加。ソムリエの大越基裕さんに後を託すべく、今回はふたりでランスへと向かいました。

アッサンブラージュの模擬体験はまず、前年のワインの試飲から始まります。今年は2013年のワインです。クリュッグでは品種別、クリュ別、同じクリュでも供給元が違ったり、区画が異なったりと、全部で250ほどの異なるワインを仕込みます。それをすべて試飲するのは不可能ですから、その中から15ほどのワインが選ばれました。

2013年についてクリュッグのスタッフの言葉を要約すると、とても難しいヴィンテージで、とくにコート・デ・ブランのシャルドネは不安定な開花と結実不良。ただ品質は均一で、むしろピノ・ノワールのほうがクリュごとの差が大きく、ムニエは酸の高い年とのことでした。

シャンパーニュのベースワインを初めて試飲した人が驚くのがその酸の高さだと思います。収穫時の総酸度が硫酸換算で10グラムに達するものさえあります。試飲後の歯磨きの辛いこと、辛いこと……。クリュッグの試飲委員会が一日に試飲する数も最大15種類。これ以上の数だと感覚が麻痺して、正しい判断ができないと、セラーマスターのエリック・ルベルが語っていました。

2013年の各ワインの印象を、「骨格あり」「まろやか」「シャープな酸」など簡単にメモをとっておき、翌日はリザーヴワインの試飲といよいよアッサンブラージュです。

これらのワインをアッサンブラージュしてグランド・キュヴェを作る。

これらのワインをアッサンブラージュしてグランド・キュヴェを作る。

リザーヴワインは12種類。最も若いワインが12年のヴェルズネイ・ピノ・ノワール、最も古いのが98年のアヴィーズ・シャルドネでした。チームを4つに分けて、4つのグランド・キュヴェを作製します。本物のグランド・キュヴェは150〜200ほどのベースワインをアッサンブラージュするのですから、前年のワインが15種類、リザーヴワインが12種類、合計27種類のワインのアッサンブラージュなど、試飲委員会からすればお遊びに過ぎません。それでもこちらは真剣。とくに私は4回目のプライドにかけても、下手なものは作れません。

われわれのグループは、私、大越さん、それにMHDモエ・ヘネシー・ディアジオのブランドアンバサダーを務めるティムさんこと、ティモシー・ベックさん、さらに香港のジャーナリスト、レベッカ・ルンというアジア混成チームでした。

1回目の参加時にまんまと引っかかったトラップが、完成したグランド・キュヴェを頭に描いてアッサンブラージュしてしまうこと。グランド・キュヴェには最低6年間の瓶熟成が施されることを忘れてはなりません。ティラージュの前の段階ではいかにフレッシュ感を保ち、かつストラクチャーを備えたキュヴェを作るかが鍵となります。

制限時間ギリギリで完成させたわれわれのキュヴェ。最後のほうはかなりアバウトにリザーヴワインを足したのですが、いざ試飲してみると、その結果には4人とも満足でした。あらためて構成比を計算したところ、リザーヴワインの比率が20数パーセントと少なめで、少々不安ではありましたが……。

クリュッグの試飲委員会がブラインドで4チームのワインを試飲し、講評を述べます。われわれのキュヴェはお褒めの言葉をいただき、さらに後から漏れ聞いた話では、4つの中で最も優れたアッサンブラージュだったそうです。

 

ディナーのメニュー。98年ベースや00年ベースのグランド・キュヴェが出された。最後には81年のコレクションと一緒にサプライズも。

ディナーのメニュー。98年ベースや00年ベースのグランド・キュヴェが出された。最後には81年のコレクションと一緒にサプライズも。

<グランド・キュヴェを自分で長期熟成させる?>

クリュッグ・セレブレーション・ウィークに参加して、毎回感動するのがグランド・キュヴェの完成度であり、また長命さ。普段はなかなか口にすることのできない、長期熟成させたグランド・キュヴェを試飲する機会もあります。

こういうと、「デゴルジュマンは最近したものですか?」との質問を受けそうですが、彼らにとってデゴルジュマンの日付はまったく無意味なのだそうです。樽発酵によって最初に酸素の影響を受けたクリュッグのワインは、その後の酸化熟成が極めて緩慢に進むというのが、クリュッグの理論。したがって、このイベントで出されるグランド・キュヴェの古酒も、もともとの出荷時にデゴルジュマンされたものです。

じつは今回、オリヴィエが最初のサラリーとしてメゾンからもらったという81年ベースのグランド・キュヴェと、81年のクリュッグ・コレクションを同時に味わう機会にも恵まれたのですが、味わいの深み、奥行きともまったく遜色ないばかりか、むしろ凌駕していたといっても過言ではありません。だまされたと思って、購入したグランド・キュヴェをさっさと飲んでしまわず、毎年セラーに何本かしまい込んでおくのはいかがでしょうか?

KRUG ID。6桁の数字にすべての情報が隠されている。

KRUG ID。6桁の数字にすべての情報が隠されている。

「そんなこと言われても、ヴィンテージ表記のないグランド・キュヴェでは、それがどれくらい寝かせたものなのか見分けがつかないじゃないか」という方もいらっしゃるでしょう。ご心配無用。最近のグランド・キュヴェにはKRUG IDなる秘密の番号が打ってあり、それをクリュッグの公式サイトに入力すれば、ベースとなる最も若い年、アッサンブラージュされた最も古いワインの年やワインの数がわかるのです。またiPhone用のアプリも最近出来ました。

こうしてみると、シャンパーニュとはつくづくアッサンブラージュの芸術なのだと痛感する一方、多くのクリュは壮大なオーケストラの1パートに過ぎず、ソロ活動の可能なクリュが限られていることに気付きます。私の印象ではアイ、アンボネイ、ヴェルズネイのピノ・ノワールと、メニル、アヴィーズ、クラマンのシャルドネくらいでしょうか。

イベントから帰国後、相次いで来日したエリック・ルベルとオリヴィエ・クリュッグのふたりに、日本茶をお土産として手渡しました。下北沢・しもきた茶苑大山の茶師十段の茶。日本茶もまた合組というブレンド技術が品質の鍵だからです。

(text & photos by Tadayuki Yanagi)

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