ワイン&造り手の話

2014年3月4日火曜日、18:30に恵比寿の小さなフランス料理店に招集がかかりました。ボルドーのアントル・ドゥー・メールを拠点にするデスパーニュ家の若当主ティボーが、フラッグシップの「ジロラット」をブラインド試飲するというのです。「軽快で爽やかな白ワインの産地」というキャッチフレーズが似合うはずの「ふたつの海(河)の間」という意味のこの産地ですが、「ふたつの間でいいとこ取り」というほうが「ジロラット」には合うのかもしれません。

<まるでニューワールド>

ある人がこう言いました。「ティボーと話をしていると、まるでニューワールドの人と話しているみたい」。まさにその通りの人物です。デスパーニュ家が10世代に亘って拠点を置くアントル・ドゥー・メールは、ボルドーという伝統的なワイン産地の中にありながら、ティボー・デスパーニュさんは非常に快活で茶目っ気があり、慣習にとらわれて「こうしなければならない」という縛りがないかのように見えます。

デスパーニュのホームページのトップを開いてみても! スコップでエアギター、スポンジをマイクに唄っている画像を見ると、チャレンジングな仕事を、とても楽しんでいるようです。

でも「まるでニューワールド…」というのは、あながち間違っていないかもしれません。アントル・ドゥー・メール地区は、軽快で爽やかな白ワインの産地であったり、ボルドーの底辺を保つACボルドーとなるいくつもの銘柄のブレンド用ワインであったり。ボルドーのいわゆる有名シャトーの拠点ではありませんでした。事実、デスパーニュ家も10世代前からブドウ栽培を続けているものの、ワイン造りは5世代前から、独自ブランドを持ち始めたのはティボーの父、ジャン=ルイからなのです。だからこそ、この土地の潜在能力を改めて感じてもらえるような一流のワインを造って、世界を驚かせ、イメージを覆したかったのでしょう。そういう意味ではアントル・ドゥー・メール地区はボルドーの中の「ニューワールド」といえるのかもしれません。

もちろん、やみくもに高級ワイン造りを試みたわけではありません。鍵は、デスパーニュ家が代々継承してきた「シャトー・トゥール・ド・ミランボー」の最上の区画とされる10ヘクタールにありました。2001年ヴィンテージの「ジロラット」が世界でたちまち評判になった後、イギリスの有名なワインライターのジャンシス・ロビンソンMWが訪問して確認しています。チョークの母岩に粘土の表土という緩やかな南向きの区画の土壌について、「サンテミリオンやポムロールでも最高とされる条件」に酷似していると。

この区画から生まれる生き生きとしたブドウが、どのような赤ワインになり、他の有名ワインの中でどのようなパフォーマンスをするのか。これが今回のティボーから出された、楽しく遊び心たっぷりのブラインド・テイスティングです。

<2001年ブラインド試飲>

18時半の試飲開始に先立ち、16時に抜栓して準備されていた10アイテム。すべて2001年。ヒントは「1アイテムだけニューワールドのもので、あとはボルドーの素晴らしい銘柄ばかり」。カベルネ・ソーヴィニヨン主体のものもあれば、メルロ主体のものもある、ということです。

以下、コメントを記しておきます。その下方に実際の銘柄名を並べましたので、併せてご覧になりたい方は先にそちらをどうぞ。

No.1 野生的な香り、スパイス、なめし革、ドライチェリーなど、まろやかな香り。なめらかなアタックで、酸も適度、タンニンは溶け込んでいる。バランスよく、今でも美味しく飲める。

No.2  1番より少し固く、新樽による影響が感じられる。スパイシーで、少しドライな果実。味わいも同様にカッチリとして、力強く、厚みがあり、タンニンは細やかで豊か。整然としたバランスで、余韻も長い。

No.3  開いた香り。なめし革、コーヒー、ドライな果実、スパイスなど、丸みと温かみを感じる香り。味わいも練れていて、しっとり。タンニンも細やか。バランスよく細長いタイプ。

No.4  野生的な香り、スパイス、果実、コーヒー、どの香りも一様に強く、ハリがあり、フレッシュ。とてもまろやかなアタックで、厚み、力強さ、弾力がある。タンニンも豊か。新世界的果実のハツラツさ。

No.5  ほどよい熟成香。スパイス、野生的な香り、ドライなチェリーなど、開いた静かな香り。とてもまろやかなアタックで、果実、酸、タンニン、すべてが一体化している。今、とても美味しく飲める。

No.6  とてもスパイシーで、杉、仁丹、漢方薬、ドライフルーツを思わせる。伝統的な造りだろうか。アタックはなめらかで、力強さがあり、酸はソフト。口中でもスパイシーさが広がる。

No.7  杉やココナッツ、樹脂、ロースト香、果実のリキュールなど、力のある、新世界を思わせる香り。なめらかなアタックで、酸もソフト。ボリューム感があり、タンニンもしっかりしている。

No.8  開いて広がりのある香りで、野性的な香り、たっぷりとしたスパイス、少しドライになり始めた果実香。とってもなめらかなアタックで、酸もソフト。ボリュームもあり、タンニンも豊かだがとても細やか。

No.9  熟成香。野性的な香りが優勢で、細い香り。味わいも既にしなやかになり、酸が優勢になり始めている。なめらかさが感じられるうちに飲みたい。

No.10  スパイス香が強く、若さも感じられる固い状態。果実味は充実し、酸もバランスしているが、樽に由来するタンニンが優勢。全体に整っているが、今しばらく待ちたい。

<<解答/ヴィンテージはすべて2001年>>

No.1  シャトー・ランシュ・バージュ (ポイヤック)

No.2 シャトー・レヴァンジル (ポムロール)

No.3 シャトー・ローザン・セグラ (マルゴー)

No.4 ジロラット (ボルドー)

No.5  シャトー・パルメ (マルゴー)

No.6  シャトー・デュクリュ・ボーカイユ (サン・ジュリアン)

No.7  オーパス・ワン (ナパ・ヴァレー)

No.8  シャトー・パヴィ (サンテミリオン)

No.9  シャトー・フィジャック (サンテミリオン)

No.10 シャトー・レオヴィル・ラス・カーズ (サン・ジュリアン)

今回の参加者によるランキング→

第1位:シャトー・パルメとパヴィが同点  第3位:ジロラット

この結果に大変満足気でした。ちなみにティボーより「同様の試飲を他の場所でも行って、香港と広州では2位、マカオでは1位に!」輝いたとの知らせがありました。

また個人的には、 第一位:シャトー・パヴィ 第2位:ジロラットとシャトー・レヴァンジルが同点 でした。ティボーも「今日はパヴィが一番よかった」と言っていましたよ。

出来上がってから既に10年も経過しているにも関わらず、No.4「ジロラット」だけに感じられた特別なニュアンスがあります。それは、果実のハツラツとした、生き生きとした、パツンとした姿です。これは、丁寧な栽培と特殊な醸造方法によるものだと想像できます。一瞬、あまりにも果実にハリがあるので新世界のメルロかと思ったほどです。透明感もあり、おしが強すぎることもなく「ジロラット」ならではの表現力だと感じました。

アントル・ドゥー・メールという産地は「ふたつの海(ジロンド河とドルドーニュ河)の間」という意味ですが、なんだか「ジロラット」は別の意味での中間地点にあるワインのように思えます。ボルドーという伝統の地と、新世界事情も含めて多くの情報が溢れる現代の波の中で、独創的な発想と実行力を発揮した「ふたつの間でいいとこ取り」をしたワインなのではないでしょうか。

さあ、ティボー・デスパーニュはまだまだ私たちを驚かせてくれるにちがいありません。また次の来日が楽しみです!

<付記>

ジロラットは初ヴィンテージの2001年から「何回目の収穫か」という番号がふられています。2001年=1→ 2010年=10。

「アントル・ドゥー・メール」という名称は白ワインにしか認められていないので、ジロラットはAOCでいえば「ボルドー」となります。

(text & photo by Yasuko Nagoshi)

ジロラット2010 カテゴリー 赤ワイン
ワイン名 ジロラット 10e vendange Girolate
生産者名 デスパーニュ Despagne
生産年 2010
産地 フランス/ボルドー地方
主要ブドウ品種 メルロ100%
希望小売価格 オープン価格
輸入元/販売店  オープンマーケットのため、輸入元複数
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