ワイン産地と世界遺産 第2回 〜トスカーナのヴァル・ドルチャ〜
08/06
イタリア中央部のトスカーナには、中世の街がいくつかあります。そのひとつ、シエナの南東部に広がる美しい景観「ヴァル・ドルチャ(オルチャ渓谷)」とその周辺は2004年に世界遺産に登録されました。でも、自然遺産ではなくて文化遺産としてなのです。
<ヴァル・ドルチャ>
青々とした緑に覆われたなだらかな丘。そこには大きな藁の塊が転がっていたり、羊が草を食んでいたり、とてものどかな風景です。そして、等間隔で並ぶ糸杉がまた独特の雰囲気を醸し出しています。小道に立つ糸杉は、丘の稜線を表すだけでなく、丘の一面に生える草の緑色に深緑のコントラストをもたらし、丘の曲線に対して垂直のアクセントをつけて、それはそれは美しい絵にしてしまうのです。
でも、これは人があえて意識をして創り出した田園風景なのだそうです。だから、文化遺産として登録されました。時代は14世紀から15世紀のこと。シエナの領土で、作物を育てるのに不向きな土壌を改良するだけでなく、見た目も美しく、というのが課題だったとか。さすがイタリア人! 風景をもデザインしてしまうのですね。
当時は複合農業が一般的で、穀物、ブドウ、オリーブ、果実、野菜など様々なものを扱っていたようです。そして、この広く指定されたヴァル・ドルチャの中に有名なワイン産地が含まれています。ブルネッロ・ディ・モンタルチーノで知られるモンタルチーノです。凝縮した力のある赤ワインからエレガントでまるでピノ・ノワールのような赤まで造り出す産地ですが、モンタルチーノの丘の頂にある街そのものは、とてもこぢんまりとした可愛らしい坂の街です。
<モンタルチーノ>
毎年一番寒い時期、2月にモンタルチーノを訪れます。もう10数年になりますが、いつもたくさんのワインを試飲させてもらいます。この街はほとんど石畳の坂道で、たいてい試飲会場は丘の上のほうにあるので、毎日えっちらおっちらと歩きます。車がやっと一台通れるぐらいの狭い道の両側には昔ながらの薬局、雑貨店、肉屋、お菓子屋、パン屋、トラットリアなどが並んでいます。最近は観光客が増えたようで、ワイン・ショップとワイン・バーが随分増えた印象です。でも、魚屋さんだけはありません。ここは肉食の地域なのです(魚屋さんは週に一度だけオープンするようです)。赤ワインの産地なので、ちょうどよいのかもしれませんね。
滞在中に一度は食べなくてはいけない、と勝手に決めているものがひとつあります。ピンチというパスタで、トスカーナの他の地域ではピーチと呼んでいるものです。乾麺も売っていますが、現地で食べるなら絶対生麺! 見た感じは日本のうどんそのもので、手打ちの讃岐うどんといった感じでしょうか。太くってむっちりとして、食べ応え充分です。これに、イノシシ肉のラグーソースとくれば、ブルネッロもロッソ・ディ・モンタルチーノも美味しく飲めます。
他の選択肢としては、トマトソースもありますし、最も伝統的なパン粉とオリーブオイルとパセリのふりかけをからめたものもあります。後者は、最初にモンタルチーノを訪問した時の「初」ピンチで食べました。造り手の「ヴァル・ディ・カーヴァ」のオーナーがご馳走してくれたのですが、「昔モンタルチーノは貧しい土地だったから、残り物のパンを使ってパスタの具にしていた名残がこれ」と教えてくれました。今はモンタルチーノもワイン景気で随分土地が値上がりして、新しく畑を買うのは相当難しいようです。
<コル・ドルチャ>
そして、もしモンタルチーノを訪れるなら見てきてください。街の中心部にある小さな広場の壁に、たくさんタイルが埋め込んであります。これはブドウの収穫状況を5つ星で表したもので、毎年生産者協会が画家や芸術家に依頼して描いてもらったものなのです。その中に、日本語で「美風」と書かれたタイルもあります。「神の雫」の原作者&漫画家による作品です。
この丘では、本当に常に風が吹いていてブドウ栽培に好条件です。そして、「神の雫」に登場したブルネッロ・ディ・モンタルチーノのリゼルヴァ「ポッジョ・アル・ヴェント」に因んだ言葉だとか。ポッジョ・アル・ヴェントというのは風の吹く小さな丘、というような意味なのです。造り手の名は「コル・ドルチャ」。そう、ヴァル・ドルチャに似ていますよね。オルチャ渓谷の中央をオルチャ川が流れているのですが、ちょうどオルチャ川がモンタルチーノの丘の東から南にかけての境界線でもあります。コル・ドルチャは、丘の南部に広大な敷地を所有しているのです。
もともと同じ敷地だったという「イル・ポッジョーネ」と共催の、晩餐会に呼んでいただいたことがあります。アペリティフにはシャンパーニュのルイ・ロデレールのブリュット・プルミエがサービスされ、食事に従って古いヴィンテージも供される豪華な会でした。食事は有名レストランのケイタリングだったのですが、パスタとしてピンチが出たことは一度もありません。なぜかって、「コル・ドルチャ」のオーナーのフランチェスコ・マローネ・チンザノ伯爵はピエモンテの出身のエレガントな方なので、ピエモンテのパスタ、タヤリンがお好みだからです。もちろん大変美味なので、文句の一つも言ったことはありません。
それにやっぱり魚類はほとんど出ません。トスカーナは肉食です!
(海岸寄りのボルゲリやマレンマには海産物がありますが)
オルチャ渓谷の美しい景観は、モンテプルチアーノからモンタルチーノまで車で移動する最中にいつも眺めているのですが、今まで写真におさめたことがない、ということに今回初めて気がつきました。次回訪問したら、必ず撮ってこようと思います。正直に言います。トップのアイコン写真はオルチャ渓谷へ向かう前の、モンテプルチアーノのブドウ畑の写真なのです。自前のトスカーナ写真の中で、一番雰囲気が似ていたので……。
(text & photo by Yasuko Nagoshi)
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