柳 忠之のマンスリー・コラム 第2回 〜初のニュージーランド。そこで会った人物は?〜
01/21
遠くは南アフリカにチリ、アルゼンチン、マイナーなところではイスラエルやギリシアにさえ行ったことのある私ですが、対日輸出量ではトップ10に入るワイン生産国にもかかわらず、未踏の国がひとつだけありました。国名を挙げると、「えっ、意外!」とみんなに驚かれるその国とは、はい、ニュージーランドです。
これまでもチャンスがなかったわけではありません。声がかかるたび、他の仕事と重なっていたり、震災直後で自粛せざるを得なかったりと機を逸していたのです。ところが昨年末、南島マールボロにあるワイナリーのプレスツアーに参加することが突如決まり、ようやく念願のニュージーランド訪問がかないました。しかしながら、現地3泊という限られた日程の中、自由に行動できるのはわずか1日のみ。この1日をどう過ごすか、私の胸のうちではすでに答えが出ていました。この人に会いに行く……と。
その人物は楠田浩之さん。すでにさまざまなメディアに取り上げられ、テレビ番組でもクローズアップされていますから、ご存知の方も多いと思います。マールボロの対岸、北島南端のマーティンボローでワインを造る、サムライ醸造家です。
浩之さんと初めてお会いしたのは15年ほど前のこと。浩之さんの兄で、現在、アカデミー・デュ・ヴァンの講師として活躍する楠田卓也さんのご自宅でした。卓也さんも、それに本サイトを管理する名越さんも、当時、日経BP社が毎年発行していた「ワイン大全」の共同執筆者。ある日、「ドイツにいる弟が一時帰国するので、うちに飲みに来ませんか?」と、卓也さんからお誘いをいただいたのです。
ドイツからニュージーランドへ
その頃、浩之さんはラインガウのトロイチ醸造所で働きながら、ガイゼンハイム大学でワイン醸造を学んでおられました。浩之さんの夢は自分のワイナリーをもつこと。90年代末、日本人でワイン造りを考える人は、それが家業であるとか、国内のワイナリーに就職した人くらいでしたから、その壮大な夢に絶句したものです。
99年だったと思いますが、浩之さんとは一度、トロイチ醸造所のあるロルヒでお会いし、ガラス容器で仕込んだリースリングを試飲させていただきました。てっきりドイツに骨をうずめるつもりなのだろうと想像していましたが、浩之さんがこよなく愛するブドウ品種はピノ・ノワール。友人であるカイ・シューベルトさんの誘いもあり、まさに文字通りの新天地として、ニュージーランドへの移住を決意したのが2001年のことです。
時はピノ・ノワールの適地として、世界の目がニュージーランドに注目し始めた頃。マーティンボローに畑を借りて醸造した02年のピノ・ノワールが初ヴィンテージとなりました。このワインを最初に私が味わったのは、シドニーの有名レストラン「テツヤズ」。オーストラリアのワイナリー取材に訪れた私のもとに、浩之さんが初リリースとなるワインを持参してくださり、テツヤズのソムリエも交えて味わうことになったのです。そのワインは色合い淡くとも香り華やかで味わいに深みのある、かつてのドメーヌ・デュジャックのワインを連想させました。
13年のワインを樽から味わう
毎年新しいワインがリリースされるたび、試飲の機会をいただいてはいましたが、なかなかワイナリーにうかがうことはできませんでした。それがようやく叶う時が来たのです。
12月12日の朝、マールボロのブレナムから小さな飛行機に乗り、海峡を越えてウェリントンまでわずか30分のフライト。空港であらかじめ手配していたレンタカーを借り、まずは醸造設備のあるグレイタウンを目指します。その日、ウェリントンは弱い雨が降っていましたが、真東に車を進め、峠を登って下りるとすっかり晴れていました。
グレイタウンに辿り着くと見覚えのある顔が。大阪でワインショップを経営し、市内のど真ん中にワイナリーを作って話題をさらった「フジマル醸造所」の藤丸智史さんでした。藤丸さんは以前、浩之さんのワイナリーで住み込みの手伝いをした経験があり、ちょうどこの時はバカンスがてらご家族揃って「クスダ・ワインズ」に見えていらしたのです。
2013年のピノ・ノワールはまだ樽の中でマロラクティック発酵の途中でしたが、クローンや植樹密度の異なるキュヴェを3種類、それぞれ試させていただきました。全体の生産量が少ないので、最終的にはすべてブレンドするそうです。もっとも興味深かったのは3番目のキュヴェ。先に試飲した2つのワインとは明らかに異なる緻密さと奥行き、そして複雑味が感じられました。それはロマネ・コンティの畑からニュージーランドに持ち込まれたとされる、エイブル・クローンのピノ・ノワールでした。
シラーもいくつか試飲しました。ピノ・ノワールの畑は借りものですが、シラーは浩之さん自身の所有畑で樹齢20年。「マーティンボローでこれほど古いシラーはないでしょう」と浩之さん。シラーは気温が低めのマーティンボローには不向きな品種と考えられていました。しかし今では冷涼な産地のシラーがもつ特有のスタイルにも興味がもたれるようになり、マーティンボローでもシラーの畑は増えているようです。涼しい産地のシラーの特徴的なアロマに、黒コショウの香りがあります。この黒コショウの香り成分はロトゥンドンというもので、クスダ・ワインズを訪れた米国のジャーナリスト、ダン・バーガーは、「典型的なロトゥンドンの香り」と喜んだとか。ロトゥンドンについてはいずれ、名越さんが詳しく調べてくれることでしょう。
「世界のKUSUDA」へ大きな飛躍
一連の樽試飲を終え、グレイタウンからマーティンボローの楠田邸へ移動です。そこには藤丸さんのご家族、楠田さんのご家族に加えてもうひとり、今はなき大阪の「うずら屋」という焼き鳥店にいらした白石アカネさんが、直射日光の中、石窯でピザを焼いていました。白石さんも楠田家に住み込みで、ブドウ栽培やワイン醸造を手伝っているのです。ピザを焼いている石窯も、以前の研修生が日本に帰る前に作っていった置き土産でした。
ランチはドラピエのシャンパンでスタートし、次に開けられたのが20012年のリースリング。これがとても感動的なワインで、ドイツ仕込みの意地を感じざるを得ない逸品でした。白い花や花の蜜を思わせる華麗なアロマに、新世界のリースリングとしてはケタ外れのミネラル感をもっているのです。私は浩之さんに尋ねました。
「このミネラル感はどこから来るんですかね?」
「さあ、どこからでしょう。ただひとつの言えるのは、リースリングのミネラル感が、(ドイツで一般的な)スレート土壌でなくても出るという事実ですね」
帰国後もこのワインの味が忘れられない私は、2012年のリースリングを3本購入。インターバルを開けて、熟成による変化も試してみたいと思います。
ワイナリー創設から13年。年を追うごとに精確さを極める浩之さんのワインは、ジャンシス・ロビンソンMWをはじめ、海外のジャーナリストからも高い評価を得ています。また、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、チリ、アルゼンチン、南アフリカの、6大ニューワールドで競われる、2013年度「6ネイションズ・ワイン・チャレンジ」では、クスダ・ワインズ・シラー2010が、ベスト・シラー、ベスト赤ワインに加え、コンペティションにおいて最高のタイトルであるワイン・オヴ・ショーに輝きました。
まさに「世界のKUSUDA」となった楠田浩之さん。兄の卓也さんが、今年も収穫ツアーを3月に予定されています。足手まといにならない程度に是が非でもお手伝いしたい気持ちでいっぱいなのですが、スケジュールを見るとその頃はフランスに2週間の取材。芽吹き始めた頃のボルドーから、無事の収穫を願うことにいたします。
(text & photos by Tadayuki Yanagi)
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