ワイン&造り手の話

先日、カリフォルニアのナパ・ヴァレーから、「ファー・ニエンテ」のCEO、ラリー・マグワイア氏が来日しました。

続々と新しいワイナリーが登場するカリフォルニアにおいて、ファー・ニエンテには老舗の風格が感じられます。もっともその創立は1885年に遡るのですから、それもそのはず。ただし禁酒法施行の後、1979年に新しいオーナーが現れるまで放置されていた歴史があり、再スタートを切ったのが1982年。あのパリスの審判からわずか6年後と考えれば、やはり、古株のひとつと言ってよいでしょう。

ラリー氏がナパにやって来たのは14歳の時でした。ギターリストになることを夢見ていた彼でしたが、大学卒業後はシルバーオーク・ワイナリーで働き始め、やがてファー・ニエンテを買ったばかりのギル・ニッケル氏と出会います。そして、彼の片腕として迎えられることになるわけです。

ファー・ニエンテは「ニッケル&ニッケル」「アン・ルート」「ドルチェ」などの姉妹ワイナリーをもちますが、ファー・ニエンテのワイナリーで造られるのは赤ひとつ、白ひとつという潔さ。「私たちはアメリカで最高のワインを造ることを目標にして来ました。その目標にぶれが生じないよう、赤白1種類づつしか造らないという方針を堅持してきたのです」とラリー氏は言います。

<ぶれないマロラクティック発酵ゼロの哲学>

CEOのラリー・マグワイア氏。

CEOのラリー・マグワイア氏。

「ぶれない」という点では白ワインのシャルドネがまさにそうです。ダウンタウン・ナパの東に位置するクームズヴィルのブドウをメインに、カーネロス、ジェムソン・キャニオンのブドウをブレンドして造られるこのワイン。一般に行われるマロラクティック発酵をまったくしていません。

マロラクティック発酵とは、乳酸菌の働きにより、ワインに含まれているリンゴ酸を乳酸に変えることで、酸味を和らげる効果があります。それと同時にバターのようなまろやかさをワインに与えるのです。「私たちは酸味の生き生きしたシャルドネを造りたかった」とラリー氏。

こってりとしたシャルドネが好まれた90年代、この決断はワイナリーを経営危機にまで追いつめました。「マロラクティック発酵をしたシャルドネを造らなければ生き残れないのではないだろうか」そう考えたこともあり、何度もスタッフと議論を戦わせた結果、信念を貫くことに決め、創業以来、今日に至るまでマロラクティック発酵なしのシャルドネを造り続けています。

現在は世界的にバターっぽいこってり系よりもミネラルの効いた爽やか系のシャルドネが好まれる風潮にあります。ファー・ニエンテは時代の先取りをしていたと言ってよいでしょう。

もうひとつ、このワインのトリビアを加えると、クームズヴィルに植えられたシャルドネの苗は、フランス・ブルゴーニュ地方の特級畑コルトン・シャルルマーニュから切り枝を持ち込んだもの。ところが空港で正直に申告してしまったため検疫を受けなくてはならず、実際に畑に植えられるまで何年も待たされたそうです。

ちなみにそのコルトン・シャルルマーニュは、この畑最大の持ち主、ルイ・ラトゥールのもの。言われてみれば、ファー・ニエンテのシャルドネ、ルイ・ラトゥールのコルトン・シャルルマーニュとスタイル的によく似ています。

<アメリカ人に不評の2011年こそ買い>

一方、赤ワインはカベルネ・ソーヴィニヨン。ブドウはオークヴィルの西の丘、ワイナリーに隣接するマーティン・ステリング・ヴィンヤードで収穫されます。この畑は南にロバート・モンダヴィのト・カロン・ブロックP、北にト・カロン・ブロックJ、西にハーラン・エステイト、ハイツのマーサズ・ヴィンヤードというように、オークヴィルにある数々の銘醸畑に囲まれています。

熟成に使われる新樽の比率は、80年代の50%から90年代の初めには100%までアップし、現在はまた80%前後に抑えられています。「90年代初頭のフィロキセラ禍で植え替えをしたので若木が増えました。バランスをとるため新樽の比率を下げることにしたのです」とラリー氏は言います。

フィロキセラとはブドウの根に寄生する虫の名前で、これにやられるとブドウの樹は数年で枯れてしまいます。90年代初頭、カリフォルニアでは新種のフィロキセラが発生し、植え替えを強いられたワイナリーがたくさんありました。

馴染み深いクラシックなラベル・デザイン。

馴染み深いクラシックなラベル・デザイン。

さて、その赤ワインですが、新樽が抑えられたことが功を奏したのか、風味にオーバーなオーク香も感じられず、とてもよいバランスを保っています。とくに冷涼で生育期が長かった2011年。アメリカのワインジャーナリズムでは不作の年と見られていますが、これが素晴らしい。

爆発的なまでの凝縮感こそないものの、果実味の豊かさは十分以上ですし、骨格もしっかりしています。キメ細かなタンニンが、柔らかな果実味の中に見事に溶け込み、エレガントという表現がぴったりのカベルネ。私なら押し出しの強い2009年よりも迷わず2011年を選ぶことでしょう。

目新しい造り手を追いかけるより、方向性にぶれのない古参ワイナリーのカベルネやシャルドネに安心感を覚えるのは、年をとった証拠なのかもしれません。

(text & photos by Tadayuki Yanagi/輸入元:ワイン・イン・スタイル)

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