ワイン&造り手の話

ニュージーランドの南島の北東部にあるノース・カンタベリーは、この国では珍しい石灰質土壌があり、南極からの冷風の影響で冷涼な気候条件下、そしてなだらかで美しい丘があります。ここの潜在能力が知られ、2000年以降ブドウ畑が随分増えたようですが、ブラック・エステートの畑は1994年に植樹されました。この地のパイオニアであり、イタリアのオルネッライアやナパ・ヴァレーのスタッグス・リープのコンサルタントもしていたダニエル・シュスターも関わっています。

 

<ブラック・エステートの始まり>

ブラック・エステートは、ラッセル・ブラックと妻のクミコが1994年に8haのピノ・ノワールとシャルドネを植樹したことに始まります。そう、奥様は日本人の方だったのです。もともとラッセル・ブラックは、各国のそうそうたるワイナリーのコンサルティングをしてきたダニエル・シュスターとパートナーシップを組み、ワイパラ・ヴァレーのオミヒにネザーウッドという名のブドウ畑の開墾に携わった経験がありました。それは1986年のことだといいます。

 

それまでこの地域にはワイン用のブドウ品種であるヴィティス・ヴィニフェラは植樹されたことがなかったのですから、まさにこの二人がワイパラ・ヴァレーのパイオニアというわけです。

 

<新生ブラック・エステート誕生>

2007年からオーナーとなったのはナイシュ家です。経営を取り仕切るペネロペ・ナイシュと夫でワインメーカーのニコラ・ブラウンはおよそ3年間、ノース・カンタベリー内でどこにブドウ畑をもつのが一番良いのか探し続けました。2006年から(2009年まで)ダニエル・シュスターと仕事をしていたニコラは、ノース・カンタベリーの中でも、冷涼で、斜面があり、粘土石灰質を含む多様性があるサブリジョン、ワイパラ・ヴァレーとワイカレが、類い稀なテクスチャーのあるワインを創り出すポテンシャルがあると信じていました。

 

そして、ペネロペの両親、ロッド&スタセィ・ナイシュの支援もあり、2007年にブラック・エステートを購入することができたのです。ペネロペの父はクライストチャーチでの園芸師としての職をリタイアしていました。園芸の仕事は、誰か子供に継いでほしいと夢見ていたようですが、誰も手を挙げてくれなかったので1990年代に権利を売却していたのです。ところが、独自性があり個性溢れるワインを造りたいというニコラの意欲、そしてその可能性にかけてみたいという娘の情熱に心を動かされて、賛同してくれたのでした。内容は異なりますが、同じ植物へかける思いに共感したのではないでしょうか。

 

「ブラック・エステートに惹かれた理由はいくつもあります。土壌のよさと日照条件のよい北向き斜面。シャルドネとピノ・ノワールそれぞれに4haの畑があり、ラッセルとクミコが1994年に植樹したものなので樹齢も上がっていました」と、ペネロペ。こうして、家族経営による新生ブラック・エステートが誕生したのです。

 

ただし、ブラック・エステートを購入した当時、ニコラはダニエル・シュスター・ワインズのワインメーカーを務め、ピラミッド・ヴァレーでマイク・ワーシングともパート・タイムで仕事をしていました。一方ペネロペも、会社付きの法律家として仕事をしていました。ですから二人は、日々の仕事をこなしながら、残りの時間でブラック・エステートの仕事を賄う、という忙しい生活を余儀なくされました。

 

そして2009年に、ちょうどスパイ畑(今のダムスティープ畑)を購入して、このプロジェクトを本格化させ、チームも畑も拡大することにしたのです。

 

新生ブラック・エステートは、開始と共に多くの賞や高評価を得ています。

「インターナショナル・ワイン&スピリッツ・コンペティション2010年のピノ・ノワール部門で、2007年のピノ・ノワールがトロフィーを獲得!」

「初ヴィンテージのリースリング2008年がジェフ・ケリーによって絶賛!」

「レベッカ・ギブが2011年のシャルドネを、ニュージーランドのシャルドネのトップ5に!」

「同じく2011年のシャルドネをジェームズ・サックリングのサイトで93点」

これらは一部だけですが、ニコラの才能と意欲、ペネロペの情熱、そしてペネロペの両親の支えがよい実を結んだのです。ちなみにペネロペの双子の妹もマーケティングを手伝ってくれているようです。

人物

ペネロペ・ナイシュ&ニコラ・ブラウン夫妻。

<ニコラへの一問一答>

才あるニコラにいくつか質問をしてみました。

 

@ニコラ・ブラウンの経歴

ニコラは、オタゴ大学で1999年に植物学の学位を取得。ワインに興味があり、2000年にモンタナで販売見習いとして仕事を始め、2002年から2005年の間にマールボロのウイザーミルでセラーの仕事を。その時、すぐにワインメーカーになると心に決めた。この間にニコラはダニエル・シュスターとも仕事をしたり、キャンティ・クラシコのイゾーレ・エ・オレーナ、バローロのサンドローネ、ナパ・ヴァレーのオーパス・ワン、オレゴンのソター・ヴィンヤーズでも研修。帰国した2004年にリンカーン大学大学院の栽培醸造学のディプロマを取得。

 

Q: ブラック・エステートの畑の特徴を教えてください。

A: オミヒ、つまりオリジナルのブラック・エステートの畑は、とてもユニークな側面を持っています。近隣の畑よりも更に北向きの斜面です。粘土が豊かで、炭酸カルシウムなど有機物が多く、鉄の含有量も多い。そして苗木はここの一番古い畑からマッサール・セレクションされたもので、接ぎ木もしていません。1999年に植樹されたダムスティープ畑(元スパイ畑)は、粘土石灰質。1986年植樹のネザーウッド畑は、粘土、砂岩、炭酸カルシウムなどが堆積された土壌です。

 

Q: どのようなワインを造りたいと思っていますか?

A: 上品で、表現力があり、ユニークな特性のあるワインを造りたいですね。

 

Q: 現在栽培中のピノ・ノワール、シャルドネ、リースリングのうち、この地に最も適したブドウ品種はどれだと思いますか?

A: ここの冷涼な気候には、どの品種にもいいと思います。例えばピノ・ノワールは密度の高い土壌がテクスチャーを与えて、涼しい気候が新鮮さ、ミネラリティー、焦点を与えてくれます。リースリングは、ワイパラならではのジンジャーのようなスパイシーさを備え、特にダムスティープ畑(前のスパイ畑)の特丘の斜面からは、特別なテクスチャーのリースリングができるので可能性を感じます。

 

Q: ワイパラ・ヴァレーは、他のニュージーランドの産地のワインとどのように違うと思いますか?

A: ワイパラのピノ・ノワールは他の地域よりも、旨みがありテクスチャーに優れていると感じます。どの地域においても、密度が高くてスパイシーなのはニュージーランドのピノ・ノワールに共通している点ですが。

 

Q: では、ワイパラ・ヴァレーの中でのブラック・エステートの特徴は?

A: うちのワインは、ゆったりとしてなめらかさが秀でていると思います。なぜかというと、うちではまず畑に時間をかけて、それからなるべくブドウが育った環境を自然に体現できるようにワイン造りをしていますから。なんというか、私たちは畑の特性に合わせてゆったりと温かく接するようにしていて、ワインに何かを強いる、という方向性ではありません。

 

Q: ワイン造りをしていて、最も幸せなこと、あるいは瞬間とは?

A: ブドウがセラーに運ばれて来る時や、ブドウがワインになっていく過程で素晴らしい風味を何度も味わって感じている間に、確かなゾクゾクするような心地よい感覚が得られるのです。ブドウの到着にワクワクしている間、もう次のシーズンのポテンシャルのことに思いを馳せている。どのシーズンも、色々な裏付けをもとに、畑でもセラーでも何をするべきか常に調整し続けています。そういった瞬間すべてがハッピーです。

 

<ペネロペのお薦め>

2012年から、ニコラと小さなふたりの子供と共にブラック・エステートに住んでいるというペネロペに、どのような料理がお薦めなのか、聞いてみました。

「リースリングはうちで育った豚の料理がいいですね。でも、天ぷらにもお薦めです」

「ピノ・ノワールは、柔らかいレアの鹿肉と」。

ワイナリーには併設レストランがあり、地元の素材を使った季節感のある料理を出しているそうです。ニュージーランドへ行く機会があれば、現地を訪問して、ゆったりとワインと料理を楽しんではいかがでしょうか。クライストチャーチからは車で1時間ほどで到着できるようです。

 

(輸入元:ラック・コーポレーション/7月入荷予定)

(photos by Black Estate / text by Yasuko Nagoshi)

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