ワイン&造り手の話

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11月1日と2日の2日間、ザ・プリンス・パークタワー東京で「Vinexpo Nippon」が開催されました。このヴィネクスポはボルドーで隔年開催されるワインの見本市。過去には2000年と2002年にも「Vinexpo Asia-Pacific」として東京で開催されたことがありますが、その後、開催地は香港に移動。今回、12年ぶりに戻ってきました。戻って来たと言っても開催地が香港から東京に移ったわけではなく、相変わらずアジア・パシフィックは香港開催。日本ではミニ・ヴィネクスポを開くというものです。

過去のヴィネクスポを知る者としては、そのミニサイズぶりに驚きを隠せませんでしたが、今回、幸いなことになかなか経験できないセミナーを受けることができました。「シャトー・ムートン・ロートシルト・マスタークラス」と銘打ったそれは、ボルドー5大シャトーのひとつ、ムートン・ロッチルド(フランス語的にこちらのほうが正しい発音)を、セカンドのル・プティ・ムートンと白ワインのエール・ダルジャンも交えつつ、4ヴィンテージ垂直試飲するという贅沢な内容でした。

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バロン・フィリップ・ド・ロッチルド(1902-1988)。ルマンにも出場したカーレーサー。舞台の演出家でもあった。

さて、試飲の前にムートン・ロッチルドについておさらいです。金融業で成功した初代マイアー・アムシェル・ロスチャイルドには5人の息子がいて、それぞれフランクフルト、ウィーン、ロンドン、パリ、ナポリに拠点を置きました。これが俗にいうロスチャイルドの5本の矢です。そのうちのひとつ、ロンドン・ロスチャイルド家を興したネイサン・メイアーの三男がバロン・ナサニエル(バロンは男爵のこと)で、この人物が1853年にシャトー・ブラーヌ・ムートンを購入。後にムートン・ロッチルドと改名しました。

時は下ってバロン・ナサニエルの曾孫、バロン・フィリップはパリに住んでいました。1922年のバケーションを大西洋岸のアルカッションで過ごした際、すぐ近くのムートンに立ち寄り恋に落ちてしまいます。そして、ロスチャイルド家で初めて、シャトー常駐の当主となりました。

バロン・フィリップがまず手がけたのは、ワインのシャトー元詰めでした。それまでボルドーのシャトーはどこも、ネゴシアンに樽のままワインを売り、瓶詰めはネゴシアンが行うのが慣例だったので、これは画期的な出来事でした。シャトー元詰めを行うからには独自のラベルが必要になります。バロン・フィリップはそこでも新しいアイデアを思いつきました。当代きってのアーティストにデザインを依頼することにしたのです。

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ムートンの最初のアーティストラベルは1924年、ジャン・カルリュ作。

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アーティストラベルは1945年に復活。戦勝記念のV。

1924年、シャトー元詰めになって最初のラベルを手がけたのはポスター画家のジャン・カルリュ。ところが、この斬新なラベルは保守的なネゴシアンたちに受け容れられず。翌年以降は古典的なラベルになってしまいました。アーティストラベルが復活したのは1945年。当時無名の画家、フィリップ・ジュリアンにフランスの戦勝記念を表すヴィクトリーのVをあしらったラベル画を依頼しました。以降毎年、異なるアーティストがラベル画を手がけるようになります。47年のジャン・コクトー、55年のジョルジュ・ブラック、58年のサルヴァドール・ダリ、64年のヘンリー・ムーア、69年のホアン・ミロ、70年のマルク・シャガール、75年のアンディ・ウォーホル……。73年はこの年にピカソが他界。遺族の了承を得て、生前の作品をラベルに使用したものでした。

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今年8月に他界したバロネス・フィリピーヌ・ド・ロッチルド(1933-2014)。かつてはコメディー・フランセーズの舞台にも立ったほどの女優。とてもチャーミングな方でした。

バロン・フィリップは88年に86歳で亡くなり、後を継いだのは娘のバロネス・フィリピーヌです。父バロン・フィリップがカリフォルニアのロバート・モンダヴィと共同で始めたオーパス・ワンの事業も引継ぎ、父が夢に描いたワイナリーが91年に完成。97年にはチリのコンチャ・イ・トロと共同でアルマビーバを興しました。2013年には44器の木製桶と20器のステンレスタンクを備えたムートンの新醸造棟が出来上がっています。

私は2002年のヴィネクスポ東京の際にバロネスとお会いし、インタビューをさせていただいたのですが、それはそれはチャーミングな女性でした。「来年、2003年のラベル・デザインは日本人アーティストでしょうか?」とお聞きしたのですが、バロネスは「どうして?」と尋ね返してきました。「来年は未年です。1979年の堂本尚郎、1991年のセツコ・バルテュスと未年には日本人が起用されています」と答えると、「あら、それは知らなかったわ。でも、ごめんなさい。残念なことに日本人じゃないわ。とても特別なラベルよ」と笑っておられました。2003年はロスチャイルド家がムートンを取得して150周年。それを記念したバロン・ナサニエルの肖像でした。

1970年マルク・シャガール

1970年マルク・シャガール

1973年パブロ・ピカソ

1973年パブロ・ピカソ

2003年はムートン取得150周年を記念し、バロン・ナサニエルの肖像。

2003年はムートン取得150周年を記念し、バロン・ナサニエルの肖像。

 

ところが悲しいことにそのバロネスも今年8月22日、80歳でこの世を去られました。後継者は長男のフィリップ・セレイス・ド・ロッチルドで、妹のカミーユと異父弟のジュリアン・ド・ボーマルシェ・ド・ロッチルドがサポートします。

これまでムートンのラベルを飾るアーティストは、バロネス自身の嗜好で決めてきました。バロネス亡き後、いったい誰がアーティストを決めるのでしょう?

来日していたバロン・フィリップ・ド・ロッチルド社のコマーシャル・ディレクター、エルヴェ・グーアン氏によれば、次男のジュリアンが担当するそうです。彼は芸術に造詣が深く、18世紀の絵画取引を行う画商であり、パリにギャラリーを持っています。すでにこれまでもラベルのアーティストに誰を起用するかについて、バロネスの相談にのっていたそうです。

さて、そろそろワインの話をしなくてはならないのですが、ちょっと長くなりすぎました。続きは次回に……。

(text & photos by Tadayuki Yanagi)

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