ワイン&造り手の話

現在、大塚食品がオーナーのカリフォルニアのワイナリー「リッジ・ヴィンヤーズ」。先だって、オバマ大統領を歓迎する宴で、なぜ日米の友好関係の象徴のようなワイナリー「リッジ」のワインがサービスされなかったのだろうか? という声もあがっていました。そして、2011年ヴィンテージから、裏ラベルに「原料表示」をし始めてワイン業界を驚かせたことも記憶に新しいのではないでしょうか。CEO兼最高醸造責任者であるカリスマ的存在のポール・ドレーパー氏が7年ぶりに来日し、多くのことを語ってくれました。彼の経歴やカリフォルニアのワイン史を聞くことで、その意味がよく理解できるように思います。

「原料表示」の内容についてはこちらをご参考に

 

<ポール・ドレーパーとリッジの出会い>

ポール・ドレーパー氏が、1968年にリッジの1962年と64年ヴィンテージを初めて試飲した時、「昔」つまり1930年代のカリフォルニア・ワインやボルドーの偉大なワインに似ていると感じたそうです。「リッジのテロワールは、きっと素晴らしいのだ、と考えて、ワインメーカーにならないか、という誘いを受けることにしました。1969年が私の初ヴィンテージとなりました」。

 

スタンフォード大学で哲学の学位を取得した後、しばらくアメリカを離れることにしました。「UCデイヴィスにも興味はありましたが、それほど化学が得意ではなかったのでワインメーカーになろうとは思わず、ヨーロッパ、南アメリカを旅しました」。ところがチリにいる時に、同年代の友人2名と共に、ワイナリーのプロジェクトを立ち上げました。19世紀後半に記されたワイン造りの本を参考にしたりして、59年から61年までワイン造りを行うものの、チリ経済の悪化からアメリカへ帰国。そして、ちょうどチリワインについてレクチャーしている時に、リッジの創業者に声をかけられた、ということです。どうしても、ワイン造りに携わる運命にある人だったのでしょう。

 

ポール・ドレーパー氏。哲学者のような造り手さんです。

ポール・ドレーパー氏。哲学者のような造り手さんです。

<禁酒法後のカリフォルニア・ワイン>

「50年代半ばから60年代には、1933〜1939年にカリフォルニアで伝統的な方法で造られたワインが、たくさん安く飲める環境にあった」と、当時を懐かしむように語ります。もう残ってはいないでしょうが、一体どんなワインだったのか、とても興味が湧いてきます。

 

ただ残念なことに、1920〜1932年の禁酒法時代に、昔どのようにワインを造っていたのかを知る人が少なくなってしまい、多くの古樹が引き抜かれてしまったことも、その後に大きなダメージとなったようです。「ヨーロッパでは失われた時代はなく、徐々に近代技術が入ってきているからよいが。UCデイヴィスでは、自然な造りなどダメで、様々な化学的な物質を加えなくてはならない、という教え方をし始めた」。つまり、ここから人の手をかけすぎるワイン造りの時代が始まったというわけです。人の手でワインを造り込む、造り上げる、という考え方でしょうか。

 

<リッジの変わらぬ伝統的なアプローチ>

リッジの本拠地であるモンテベロ、サンフランシスコから南方のサンタ・クルーズ・マウンテンズの高地にブドウ畑が拓かれたのは1886年のことですが、ここも、40年代にカベルネ・ソーヴィニヨン3.5ヘクタールとシャルドネ1ヘクタールに植え替えられていました。そこでスタンフォード大学の研究員をしていたメンバーが、日曜大工ならぬ週末ワイン造りを始めたのが1959年のことです。コンピューターの開発などハイテク技術を扱う人が多く、土や季節といった現実の世界との結びつきを大切にしたい、という思いから始まったようですが、1962年から本格的に事業としいいて開始することにしたのです。

 

「当時の造りは、とても伝統的な方法でしたね。ただ現在と比較してみると、当時なかったものは、例えばプレス機のようにブドウやワインを優しく扱える設備ぐらいでしょう」。リッジでは、今でも極めて伝統的な造りを踏襲しているということです。

昔を振り返って、その頃の赤ワインの造り方を説明してくれました。「収穫後、除梗してから優しく破砕して発酵。もちろん自然の酵母で。発酵中は果帽をパンチングダウンしなくてもよいように、タンクにすのこのようなものをセットしておく。発酵後はフリーランとプレスワインを分けて、マロラクティック発酵を行う。半年毎にラッキングして3年間古樽で熟成。無清澄、無濾過で、少量の亜硫酸を加えるだけで瓶詰め」。いたってシンプル。でも、細かい点は別にして、今でも基本的な方法は変わっていないのです。

 

だからこそ、それを内外に知らせるため裏ラベルに「原料表示」を始めたのです。そして、このような表示が義務化されるように規制をもうけることには反対の立場をとるということですが、リッジと同様に伝統的な方法でプレミアム・クラスを造っている同業者には、同じように自主的に表示してくれれば、という願いも込もっているようです。

人が多く介入して造り込むのではなく、手間暇かけて素材のよさを表現するという方向性は、どこか日本の伝統工芸にも通じるものがあるように思います。やはり、熟練の職人によるアートなのではないでしょうか。

 

カベルネ カテゴリー 赤ワイン
ワイン名 カベルネ・ソーヴィニヨン・エステートCabernet Sauvignon Estate
生産者名 リッジ・ヴィンヤーズ Ridge Vineyards
生産年 2010
産地 アメリカ/カリフォルニア/サンタ・クルーズ・マウンテンズ
主要ブドウ品種 カベルネ・ソーヴィニヨン80%+メルロ17%、プティ・ヴェルド2%、カベルネ・フラン1%
希望小売価格 8,000円(本体価格)
輸入元/販売店 大塚食品

 

カベルネ・ソーヴィニヨン・エステート 2010

モンテベロと同じ畑のブドウで、早めに飲み始められるタイプ。まだ固い香りで、スパイスやチェリー、カシスといったよく熟した果実に、少しチョコレートに似た風味が加わります。とてもなめらかで、タンニンも溶け込んでいて心地よいバランス感覚。今からでも美味しく飲み始められます。

 

モンテベロ カテゴリー 赤ワイン
ワイン名 モンテベロ Monte Bello
生産者名 リッジ・ヴィンヤーズ Ridge Vineyards
生産年 2004
産地 アメリカ/カリフォルニア/サンタ・クルーズ・マウンテンズ
主要ブドウ品種 カベルネ・ソーヴィニヨン76%+メルロ13%、プティ・ヴェルド8%、カベルネ・フラン3%
希望小売価格 23,000円
輸入元/販売店 大塚食品

 

モンテベロ2004

偉大なカベルネ・ソーヴィニヨンであり、リッジのフラッグシップ。スパイス、ヨード、チェリーやカシスなどの果実が少しドライになり始めて、なめし革の風味も加わった複雑な香り。力強さと上品さを併せ持つ、一体感があり、食感も楽しめるバランスよい味わい。ようやく飲み頃が始まったところでしょうか。

(text & photo by Yasuko Nagoshi)

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