中央葡萄酒ワインの和食との相性を知る 〜京都「草喰 なかひがし」にて〜
07/10
慈照寺・銀閣の総門からほどない一角に、楚々としたしつらえの「草喰 なかひがし」があります。光沢のない格子戸や窓があり、その足元にはみずみずしい緑をたたえる野草が整然として生えていました。「予約が取れない店」というだけでも期待感が高まりますが、表玄関の様子もまた客の心をくすぐるものです。
2014年6月12日木曜日の夕刻、店主の中東久雄さんによるお料理と、中央葡萄酒のワインの響宴「極上の日本の味 京の夕べ」が開かれました。山梨からは社長の三澤茂計さんがいらっしゃってのオーナーズディナーです。
1階のカウンターは10名ほどで満席と、とてもこぢんまりとしています。小さな空間だからこそ、料理が目の前で仕上げられて出てくるのが見られたり、オーナーから直接ワインの話が聞けたりする、ちょうどおさまりのよい贅沢な広さだと感じました。
<甲州について>
三澤さんと中東さん、おふたりの出会いは、4年前の2010年のことだったそうです。「草喰 なかひがし」と同じ並びに欧風レストランがあるのですが、そこのソムリエ氏とワインの話をしているうちに「日本の料理には日本のワインがいいのでは?」ということになり、中東さんは早速山梨へ向かわれたのです。
中東さんはこう言います。「明野甲州は出汁に合う。実は、出汁に合うワインはあまりないのですが、明野甲州は出汁の旨みを引き上げてくれます。だから今日も煮物椀の時に出しますけれど、『このワインを飲みながら食べると、三倍美味しくなりますよ』と、お客さんに言うのです。ワインと料理の香りが鼻に上がってきた時に、旨みが増すので。喜んでもらっていますよ」。中東さんは、明野甲州の特質を、いち早く見抜いた人の一人です。
他にも「菱山甲州は寿司に合う」、「グリ ド 甲州を飲んで、山菜をはじめとする癖のある野菜類に合うと思った」など、さすがに一流の繊細な舌をもつ人ならでは。面白いことに、甲州は魚より野菜に合わせたいそうです。「野菜は日本酒とあまりよく合わないのです。でも、甲州は実にいい。甲州のミネラル感が、野菜のミネラル感や素材そのものによく合会います」。
また、おふたりの共通する思いとして「甲州も熟成させて飲まれるべき」という願いがあることがわかりました。
「今までのように技術でどう甲州を造っていこうか、ということではなくて、ブドウの果実そのものをどうしていこうか、という時代に入ってきています。本当の意味での進化をしなければいけない時代、本質や核心にせまる時代だということです。仕立てだとか、収穫のタイミングだとか、そういった事柄を含めて。(娘で醸造家の彩奈さんが)とてもいいものを造るようになって、置いて飲みたいワインになってきています。真価が発揮されるまでに時間がかかるのです。ゆっくり飲めるとよいと思いますね」と、三澤さん。
ちょうど今夜のために1週間前に開けてみた「グレイス トラディショナルメソッド エクストラブリュット 2009」が、「開けたてよりも今日のほうが美味しい!」と、中東さんも同意見です。
<響宴>
さて、中東さんの料理と、中央葡萄酒の三澤さん率いるワインたちですが、本当に「極上の日本の味」という題名そのままに、様々な音色を奏でてくれました! 特に印象に残った組み合わせをお伝えします。
最初に供される「八寸」は、涼しげな竹籠に入って出てきたのですが、蓋には甘い香りの繊細な紫陽花の花が添えられていました。ちょうど梅雨時でした。京都駅から「草喰 なかひがし」まで乗った車の運転手さんが「京都は空梅雨でしてね」と、言っている間に黒雲が西空から移動して夕立が降った夜のことです。この小さな紫陽花は、標高500メートルの地で咲いているそうです。中東さんからの、山の涼しさのプレゼントのようでした。
「八寸」の海サイドは、鰹生節と鯖鮨山椒葉巻。山サイドは、田芹湯葉八幡巻、ツタンカーメンという特殊な豆、虎杖(いたどり)川のり付など、盛りだくさんです。「グレイス トラディショナルメソッド エクストラブリュット 2009」のフレッシュ感となめらかな旨みとが、山椒のキリッとした風味、虎杖の甘酸っぱさ、田芹の香りと苦みなど、様々な要素をまろやかに立体的にしてくれます。
「焼物」は、有名な美山川の鮎でした。こちらも標高580メートルという高地からきたもので、香りが高くて感激しました。焼き加減も抜群で、皮がパリッと香ばしく、中がふわりとしてメリハリのある食感です。それに、クレソンの花と20年熟成の味噌添え。そして、タデではなく、クレソンのソースも。正直なところ、ワインの入る隙はなさそうな完成度です。でも「グレイス甲州 菱山畑 2013」は、清涼感にあふれてレモンのような清々しさがあり、鮎の味わいを変えることなく静かに寄り添う姿が素敵でした。
「向付」は鯉の造り。ところが中東さんが「野菜が主役ですから」という言葉通りに、鯉とその煮こごりの他は野菜たっぷりで、実山椒を詰めたトマトと、胡瓜のムースが入っていました。実山椒とトマトの組み合わせは初めていただきましたが、驚きの相性でした。どうやって思いつくのですか? という客人の質問に対して「トマトの声が聞こえたから」と中東さん。「市場では聞こえないけれど、畑に行くと野菜の声が聞こえる」と言います。日々、自然と相対している人らしい言葉ですね。
そしてもうひとつの驚きが、胡瓜のムースと「菱山畑」の相性です。相乗効果で、どちらも香りが増幅したのです。普通の胡瓜は、青臭さが増してしまうのでワインと合わせるのは御法度なのですが、恐らく皮は削られていることと調味料の関係でしょう。胡瓜とワインが美味しくなった、初めての体験でした。
「煮物椀」は、エンドウ豆がふわりとした食感に仕立てられた豌豆(えんどう)水無月。ジュンサイの吸い物の上に水無月が浮かんで、岩梨という極小さな果実と、柚子の花一輪、バチコがのっています。甘いもの、香る苦みのあるもの、香ばしい塩味のもの。コントラストの楽しい一椀です。これも、既にお椀の中で完成しています。
「6月30日は夏越(なごえ)の祓いで、水無月を食べる習慣があります。この三角形の水無月は、一年の半分を表しているので」と、季節の移り変わりを食で味わえるのも、日本ならではの幸せなのだと感じ入ります。
この出汁をたっぷり吸い込んだ水無月には「キュヴェ三澤 明野甲州 2013」が相方です。まだ若いとはいえ、柑橘類や花の香り、2012年より一段と厚みが増し、旨みに似たほんのりとした苦みが心地よい明野甲州は、出汁をたっぷりと吸った水無月と、ふわりとなめらかな相性を見せてくれました。
「箸休め」は、なれ鮨でした。独特の発酵臭がするなれ鮨には「グレイス ケルナー レイトハーベスト 2010」がお相手しました。デザート用と考えて提案されたサンプルを飲んで、中東さんはなれ鮨の相方がよいと決められたそうです。甘い黄桃のような香りのケルナーは、なれ鮨の個性をすべて包み込んで、最後に両者で甘い関係になりました。お見事です。
「鉢肴」「強肴」に続いて「お竈(かま)さんで炊いた白御飯」や「今日のメインディッシュです」という「鰯丸干し」などなど、非の打ち所のないお皿の数々が続きました。ワイン単体で飲むのとは、まったく別の世界を繰り広げて驚かせてもらったことが、オーナーズディナーならではの醍醐味だったように思います。料理もワインも、丹念に、丁寧に手をかけられているからこそ、手を取り合えるのではないでしょうか。
きらびやかな金閣とは対照的な慈照寺・銀閣。足利義政が月を愛でるために詳細まで設計したともいわれる、まさにいぶし銀のような滋味にあふれた館です。このすぐ側にある「草喰 なかひがし」の料理は、選び抜かれた自然からのいただきものひとつひとつを最もよい形や組み合わせで、自然の豊かさに感謝したくなる気持ちを湧かせる完成度の高い作品でした。しかし、その完璧さにさらに華を添えた、清楚で芯のあるワインたちもまた、とても美しい姿でした。
特に明野甲州には、銀閣に通じるわびさびのニュアンスがあるように思います。日本の新しい伝統であり、中央葡萄酒代々で培ってきたそのエキスを、国内外を問わず伝え続けてほしいと、改めて感じた宴でした。
(中央葡萄酒のワインのいくつかはお店に置いてありますが、グラスワインとして飲める銘柄は季節の素材などに合わせて常に変化しているようですので、直接お店にてご確認ください)
「なかひがし」 「中央葡萄酒 」/明野甲州と料理の組み合わせ例
(text & photo by Yasuko Nagoshi)
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