ワインと料理

今年前半はシャンパーニュ関連のイベントが目白押しで、ランスやエペルネに立て続けで飛びました。そのひとつ、6月下旬にエペルネで行われたのが、モエ・エ・シャンドンの「LE&」です。フランス語の定冠詞の「LE」と「&」を組み合わせたこの言葉は、モエ・エ・シャンドンとガストロノミーとの結びつきを表し、「すべてがひとつにまとまる」という意味が含まれています。

モエ・エ・シャンドンは皆さんもよくご存知のとおり、シャンパーニュ最大のメゾン。所有畑は1250ヘクタールにも及びます。じつはこの数字も年々大きくなっていて、以前、私が伺った時は1000ヘクタール。昨年、訪れた方は1200ヘクタールと耳にしたそうですが、今年はさらに50ヘクタール増えたようですね。シャンパーニュのブドウ畑の総面積が3万4000ヘクタールですから、この数字がいかに大きなものかおわかりいただけるでしょう。

 

IMG_1782<ブノワ・ゴエズとヤニック・アレノのコラボレーション>

そのモエ・エ・シャンドンでシャンパーニュ造りの陣頭指揮をとるのが、2005年に35歳の若さで醸造最高責任者に抜擢されたブノワ・ゴエズ。今回はフランスを代表する料理人のひとり、ヤニック・アレノとコラボレートし、モエ・エ・シャンドンの迎賓館オランジュリーに期間限定のレストランをオープン。スペシャルな味覚体験を披露しようというのです。

 

このイベントに、世界最優秀ソムリエの田崎真也さん、「オレキス」の春藤祐志さん、「HAJIME」の米田肇さん、「Passage 53」の佐藤伸一さんなど、日本、パリで活躍するソムリエやシェフの皆さんが招聘され、私はその模様を取材するため、バルト海でのイベントから帰国せず、そのままエペルネへと向かいました。

 

IMG_1791シャンパーニュに欠けているのは基本五味(甘味、酸味、塩味、苦味、旨味)のうちの塩味。これに着目したブノワとヤニックのふたりは、塩味のある食べ物を合わせることで、味覚が完成すると考えました。しかし、健康志向の世の中では低塩、減塩が推奨されています。「塩を使わず料理に塩味を与えることはできないものか?」ヤニックは悩みました。

 

そこに助け舟を出したのがブノワです。ワイン醸造技術のひとつ、エクストラクション(抽出)が思いつきました。例えば、セロリをそのまま齧っても塩味を感じることはありません。ところがこれをアイスワインを造るように、一度素材を凍らせてからエキスを搾り取るクリヨエクストラクションを試すと、あら不思議。塩味が感じられるのです。

 

このようにエクストラクションやアッサンブラージュなど、ワインやシャンパーニュの醸造法を応用し、ヤニックはモエ・アンペリアルに合わせて7種類のアペタイザーを考え出しました。先ほどのセロリのエキスに続いて、オイスターとキュウリのエキス、パリパリの鶏皮とマシュルームのエキスなど全部で7種類。モエ・アンペリアルとアペザイザーを試してみると、まるでパズルの欠けてたピースがスポッとはまるように、五味の調和が生まれるではないですか。

 

IMG_1794<肉料理にも負けないグラン・ヴィンテージ2006年>

これらのアペタイザーを楽しんだ後で主役の登場。グラン・ヴィンテージの2006年です。グラン・ヴィンテージはモエのミレジメですが、2000年から大きく方向性が変わりました。NVのモエ・アンペリアルがつねに変わらぬ品質とスタイルが求められるのに対して、グラン・ヴィンテージは醸造最高責任者のブノワ・ゴエズがその年のキャラクターを最大限引き出したアッサンブラージュが行われます。

 

2006年はシャルドネが秀逸で、熟度が高く、豊かな風味のヴィンテージ。酸の物足りなさをムニエのフレッシュ感が補っています。これにヤニック・アレノがマリアージュを提案したのはなんとラム。肉で来るかと驚きましたが、これがグラン・ヴィンテージの豊潤な味わいと見事に調和していました。

 

この夢のような味覚体験から帰国して数ヶ月、イベントに参加した日本のゲストの方々を集めた「同窓会」にお声掛けをいただきました。愛宕の「エス・プリュス」で、田崎さんがヤニックもびっくりの味覚体験を準備されているというのです。

 

田崎さんの「LE&」もエペルネと同じようにアペタイザーから。フォワグラのマカロン(Macaron de Foie Gras)、長良川のオアシス(Oasis de Nagara)、ラクダのコブのブレゼ(Emincé des Bosses de Chameau braisées)、ウミガメのタルタル(Tartare de Tortues de Mer)。ラクダやウミガメなど食材にまずびっくり仰天ですが、4種類のアペタイザーの頭文字を並べると「MOET」となる気遣いに脱帽です。

そして着席後、2006年のグラン・ヴィンテージとともに供された料理は、ウズラのクレーム・ブリュレ。肉にも負けないグラン・ヴィンテージ。田崎さんが選ばれた素材はウズラでした。ウズラの玉子で作った茶碗蒸しの中に、薄切りのウズラの肉が浮かんでいます。クリーミーな味わいの中に、ユズの香りと酸味でフレッシュさも醸し出すという憎い演出。グラン・ヴィンテージとの相性は、ヤニックのラム以上に抜群です。

 

シャンパーニュと塩味にフォーカスしたアペタイザー、モエ・エ・シャンドンのグラン・ヴィンテージ2006年に肉料理のマッチング。これらはどなたでも再現可能。年末にでも自分流の「LE&」を試してみると面白いかもしれません。

(text & photos by Tadayuki Yanagi)

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