ワイン&造り手の話

もうふた月近く前の話ですが、ローヌ地方のアンピュイからマルセル・ギガルご夫妻が来日されました。

私がアンピュイのギガル社を取材に伺ったのは99年。もう16年も前の出来事です。案内をしてくれたのは夫妻の息子のフィリップ。75年生まれの彼は当時24歳。ベースボールキャップを被り、まさに少年のような風貌でしたが、今では立派に三代目の重責を担い、貫録がついてきましたね。

今日、コート・ロティを中心とするローヌ北部の盟主ともいうべきギガルですが、創設は比較的新しく、1946年1月1日のこと。マルセルさんにギガルの歴史について語っていただきましょう。

「私の父、エティエンヌは1924年からアンピュイのヴィダル・フルーリィ社で働いていました。当主のヴィダル・フルーリィ氏は公証人で、カーヴには週に一度来るか来ないか。ブドウ畑もワイン造りも、みな私の父が見ていたのです。父が奉職していた20年の間に会社は大きくなり、戦後、父はヴィダル・フルーリィを辞め、自分の会社を起こすことにしました」

ところが1961年、エティエンヌさんに突然、失明の悲劇が襲います。当時、マルセルさんは17歳。勉学の途中でしたが、父の目となり、会社を支えなくてはならなくなりました。しかしながらその後、マルセルさんの手腕によって、ギガルは業績を拡大。1985年には、かつて父エティエンヌさんが働いていたヴィダル・フルーリィを傘下に納めました。さらに10年後の95年にはローヌ川の辺に聳えるシャトー・ダンピュイを取得。また、2001年には、サン・ジョゼフのジャン・ルイ・グリッパと、コート・ロティ、エルミタージュ、サン・ジョゼフ、クローズ・エルミタージュに畑をもつヴァルーイを手に入れました。創業から半世紀足らずでここまで急成長した造り手も珍しいでしょう。

ミスター&ミセス・コート・ロティ、マルセル・ギガルご夫妻。

ミスター&ミセス・コート・ロティ、マルセル・ギガルご夫妻。

そろそろワインのお話をしましょうか。2014年については「赤よりも白」のヴィンテージだそうで、「とくにコンドリューは過去20年間でベストの年」とのこと。ワインもそのコンドリュー、2013年の「ラ・ドリアーヌ」から始りました。

このギガルが造る偉大なコンドリューは、コート・シェリー、ヴォラン、コロンビエ、シャティヨン、ヴェルノンと名付けられた、5つのリュー・ディ(小区画)からなります。このうちのヴォランはシャトー・グリエに隣接する区画です。

シャトー・グリエといえば2011年に売りに出て、ボルドーにシャトー・ラトゥールを所有するフランソワ・ピノー氏が手に入れ話題となりました。このニュースを聞いた時、「はて、ギガルは手を出さなかったのかな?」と疑問に思っていたので、マルセルさんに率直な質問をぶつけて見ました。

「もちろん、手を挙げましたよ。しかし、ピノー氏の入札額があまりに高すぎて、諦めなくてはなりませんでした」

ちなみにシャトー・グリエの買収額は1ヘクタールあたり400万ユーロ、3.8ヘクタールあるので1520万ユーロ(当時のレートでおよそ15億円)と見積もられています。

さて、飲み頃が難しいコンドリューですが、マルセルさんによれば「若いうちに飲むワイン」とのこと。2013年のラ・ドリアーヌはピーチ、アプリコットのコンポートにほんのりバニラ。グラも感じられますが、抑制が効いていてしつこくありません。ヴィンテージの特徴でしょうか? 酸は穏やかながら、フレッシュで生き生きとしています。

2010年のエルミタージュ・ブラン、2007年のコート・ロティ”シャトー・ダンピュイ”も味わいましたが、長過ぎると2回に分けなくてはならないので端折ることにして、2008年のコート・ロティ”ラ・ムーリーヌ”の登場です。

ギガルを有名にしたのは、「ラ・ムーリーヌ」「ラ・ランドンヌ」「ラ・テュルク」と名付けられた3つのコート・ロティです。欧米では「ギガルのラララ」と呼ばれるこれらのワイン。それぞれ個性が異なりますが、3つの中でもっとも女性的とされるのがラ・ムーリーヌですね。

コート・ロティのテロワールはコート・ブリュンヌとコート・ブロンドという2つに大別されます。前者は褐色がかった酸化鉄混じりの粘土質、後者は明るい色をしたケイ素を含む石灰質土壌です。ラ・ムーリーヌがあるのはコート・ブロンドで、シラーと一緒におよそ11%のヴィオニエが混植されています。

「コート・ブロンドのワインはフィネスとピュアさが特徴です」とマルセルさん。「父が若い頃、アンピュイの村人たちにコート・ロティで最高の畑はどこと思うか尋ねると、みんなが同じ場所を指さしました。それがラ・ムーリーヌの区画です。それ以来、いつかはあそこを手に入れようと考えていました。そしてついに手に入れ、最初のワインを造ったのが1966年でした」

2008年のラ・ムーリーヌはうっとりするほど香りが華やかで、スミレ、プラム、カカオなどが渾然と感じられました。しっかり凝縮していますが重々しさが感じないのは、酸味もしっかりしているから。タンニンはシルキーで、すでに美味しく飲むことができます。

IMG_4421最後のサプライズは、1989年のコート・ロティ”オマージュ・ア・エティエンヌ・ギガル”! このキュヴェは今まで3度だけ造られました。創設者エティエンヌさんが亡くなられた翌年の89年、マルセルさんがレジオン・ドヌール勲章を受章しした90年、そしてシャトー・ダンピュイの取得10周年となる2005年です。

エティエンヌさんが14歳の時に初めて畑仕事をしていたというラ・ポミエール(ラ・テュルクに隣接したコート・ブリュンヌの区画)のブドウが使われます。非売品で、国外に持ち出されたのも初めてのこと。

色調もレンガ色をし、かなりの熟成感。香りは複雑で、ジビエやスー・ボワにほんのわずかにブレッティなニュアンスも感じられます。一方、口に含むと果実味をまったく失っておらず、ボリューム大きく、まろやかな口当たり。アフターにシガーボックスの香りが漂います。

「今は将来のことを考えています。いかに高いクオリティを保つか。幸いにして息子のフィリップががんばってくれていますし、双子の孫も出来ました。エティエンヌとシャルルといいます。この日本の旅から帰ったら、コート・ロティに新たに取得する畑の契約が待っています。さらに増やしたいアペラシオンはクローズ・エルミタージュですね」と、今後の豊富を語るマルセルさん。まだまだ意気軒高の様子です。

(輸入元:ラック・コーポレーション)

(text & photos by Tadayuki Yanagi)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

Related Article